murmur

BL妄想ときどき外面。

クズビッチ受けという新境地(BL「やたもも」)

クズビッチというジャンルが存在するのかはさて置き。



そもそも私はビッチ受けは苦手でした。
ボーイズラブ脳とやらにある日突然感染し、そこから順調にこじらせ続けて二桁以上の年月を優に越しておりますが、そもそもの感染源はベタに強気受けだった訳で。

「ちょ、先輩、やめ…!」
「ホラ、恥ずかしがらずに素直になれよ」

“恥ずかしいのに感じちゃう”な、THEベタなやり取りにロマンを感じていたので、当時は誰にでも股を開くようなビッチ受けにトキメキは覚えなかったんですよね。



が。



こじらせすぎて年々嗜好がマニアック化してる残念な傾向故か、ビッチ受けが徐々にグレーゾーンに忍び寄り、ある日開眼。

そのきっかけが、はらだ氏の「やたもも」です。

やたもも (バンブーコミックス Qpaコレクション)

やたもも (バンブーコミックス Qpaコレクション)

もともとはらだ氏の作品は「変愛」から入り、はらだワールドにズルズル引きずられ、「やたもも」にたどり着くまでには然程時間はかからなかったんですが。


クズビッチ受けのモモの可愛いことと言ったら。言ったら。大切なことなので二回言いました。


生活能力ゼロ、貞操観念ゼロ、プライド皆無のどうしようもないクズなんですけど、そんなモモを手に入れたくなる気持ちもわかるなと思わせる、このはらだマジック。

途中、恋敵ポジションでモモの元飼い主のオッサンが出てくるんですけど、いや、うん。あれよ、完全にこの人の思考、私よ?

餌を与えて閉じ込めて。自分だけに頼らせたい、自分のモノにしたい、そう思わせるモモの魅力にバッサリ殺られた。




さて、そんな「やたもも」。
なんと待望の2巻&3巻が同時発売というテロ。


やたもも 2 (バンブーコミックス Qpaコレクション)

やたもも 2 (バンブーコミックス Qpaコレクション)

やたもも 3 (バンブーコミックス Qpaコレクション)

やたもも 3 (バンブーコミックス Qpaコレクション)


私はアハンウフン系の書籍は紙媒体でなく電子書籍で購入しているため、発売されるまで毎朝某電子書籍サイトを確認し舌打ちをするという気持ち悪い挙行に出ておりましたが、遂に読破。とりあえずの感想、六文字。


さいこうかよ。


クズビッチモモのクズじゃない部分が見え隠れして、途中なんだか感極まってしまった。
そうか、くすぐられたのは母性本能だったのか。
そう思いつつ、絶倫オカン攻めにグズグズに溶けるモモの姿を見て興奮する私は、やはり母性本能以外のスイッチも押されている気が。



クズビッチ受け、開眼。
しかしながらモモ以上の可愛さを兼ね備えたビッチはいるのだろうか。

この人のアへ顔は許せる(BL「真夜中ラブアライアンス」)

作者さんがエロに定評があるということで、2017年のBLアワードにてエロ部門3位を受賞していたこの作品。



確かにエロは濃厚で、どっちかっていうと男性向けギリギリのところまで汁ダク擬音イッパイな感じなんですけど、不思議とこの人のアへ顔には抵抗なく萌えられるんですよね。やりまくってるのにやりすぎじゃない、みたいな。崩れてるのに崩れすぎない、みたいな。なんのこっちゃ。



男の娘をメインに、というよりは、きっかけが女装姿だっただけで、一途な可愛い男の子がタチです。
が、私は割と本来の男の子の姿を晒すショータくんの方が、セクシーで好きだったりします。
だって「男の俺も見てよ」って泣くの、なんか一周回って可愛くない?


二組目のカップルには、ノンケだけど女物のランジェリーが好きというクールな先輩が出てきますが、本来ノンケだったはずの二人が割とあっさりメクルメクゲイの世界に落ちてしまうことには、なんだか多少違和感を感じました。いや、そういうことを気にするべき筋ではないんでしょうが。

しかしながら、そこはノリと勢いで楽しむべき作品だと思うので、比較的ガタイの良い成人男性のランジェリー姿も、この人の画だと抵抗なく見られる不思議。



繊細な感情描写やらは置いておいて、ほんの少しばかり変わった男の子同士の激しいまぐわいが見たいわって人にはオススメです。

「くん呼び」の魅力(BL「鮫島くんと笹原くん」)

鮫島くんと笹原くん (MARBLE COMICS)

鮫島くんと笹原くん (MARBLE COMICS)

安定の腰乃クオリティー。

ただのバイト仲間だった二人がドッタバタしながら距離を詰めていくストーリーですが、じれったさは特にないです。まどろっこしいすれ違いとかもゼロ。
もうとにかく清く正しく若者らしくドタバタする感じがもう、可愛くて。



腰乃作品は最初グイグイ押してた方が意外にネコだったり、嫌がってた方が意外にマゾだったり、良い意味で最初の印象を裏切るところがありますが、これも例に漏れず。

グイグイ押してた鮫島くんが後半になると童貞のヘタレ感を遺憾なく発揮し、押されてたはずの笹原くんが超男前になる二人の関係性が可愛くてもう。もう、可愛いのよ。



個人的に萌えたのが、二人が他の友達と焼き肉を食べるシーン。笹原くんがテーブルの下で鮫島くんの手に触れて、友達のお泊まりの誘いを断らせるところ。

あんなのがテーブルの下で行われていると思うと、ロマンですね。うん、ロマンだ。大事なことなので二度。



腰乃作品は書き込みが多くて読み応え十分。地味に他作品のキャラが出てくるのも作者ファンとしては魅力です。

現代の純文学(「コンビニ人間」)

コンビニ人間

コンビニ人間


・奇妙で奇抜
・独特の五感の描写
・不思議と読後感は悪くない


この奇妙さ、さすが「芥川賞」だなと。
決して直木賞ではない。ましてや本屋大賞なんてありえない。
これが「現代の純文学」だと言われたら、数秒沈黙して、なるほどと唸りそう。


主人公は世界に対してではなく、作られたこの「社会」に対しての「異物」なんだよな。同じ人間で、同じ女であることには変わりないのに、自分は「異物」であるという違和感。
周囲に同調しようとする理由が、苦しいからでも寂しいからでもなく、「そうでなければ色々と面倒だから」という、退廃的なように見えて一番合理的な一言に集約されるのが面白い。さらにその同調手段が「そのとき周囲にいる人間を模倣すること」というのがもっと面白い。服装も口調も怒りのポイントも、そうすることで相手が「私たち気が合うね」と同族意識を芽生えさせるなんて、至極当然のようでいて盲点だった。というか、これを「そうでなければ色々と面倒だから」という一点の理由のみで、平然とやってのける主人公、こわい。


全くシンパシーを感じられなかったはずの主人公の一人称が、感情の起伏がない代わりに鋭い五感の描写のおかげで、大して違和感なく入ってくるから不思議だ。作中で主人公が自分の体を「入れもの」のように捉え、摂取した水や食物、交わった人間によって変化するという描写が出てくるが、私自身が「主人公である彼女という入れもの」に入ったように、その音を聞き、その景色を見る中で、彼女には欠落している卑しい感情や自分勝手な理性を代わりに育んでいくよう。


奇妙だけど、難解ではない。特異だけど、理解できなくはない。この読後感は芥川にも似てるなと。